宿泊施設に着いた頃にはすでに日は落ちており、は部屋に着くや否やそのままベッドに倒れこんでしまった。 固めのマットに押し付けるその顔はげっそりとしており、ここ数日連れまわした疲労が一気に出ていた。
永久機関を手に入れたブライアンにとって”疲れ”はすでに過去のものであり、その感覚はもう思い出すことができない。己とヒトとの違いを考えなかったわけではないが、それでもついてきたのはあくまでの自己責任である。


「(相変わらず物好きな馬鹿だ…)」


 ようやくの休息を味わうかのようにすう、と寝息を立てる。顔にかかった髪を掃ってやればくすぐったそうに眉をひそめるが、どうにもその顔は次第に険しくなっていった。寝づらそうにごろりと首を動かしながら体を捩る。どうやら体がひっかかり寝返りが打てないらしい。
それもそのはずだとブライアンはの今の姿を頭から足先まで見やる。あまりの疲れからかは入ってきたそのままで横になっており、当然鞄や靴等装飾品を全てつけたままなのだ。しかも本来上にかけるはずのシーツも下に敷かれたままで、これもの安眠を妨害していた。


「世話のかかる…」


 どうにかしようとうごめくの手を払いのけ、起きようが知ったことかと言わんばかりの手荒さでの自由を奪っているものを剥いでいく。最後に服を寛げシーツの下に転がしてやれば、安堵の表情とともに何かを探すようにの手がシーツを泳いだ。
 まだなにかあるのかとその指に触ってやればきゅっと握り返され、掠れた声でブライアンの名前を呼ぶ。


「ブラ、イアン……」
「……さっさと寝ろ」
「ブライアン…」


 だから何だと少しきつめに問えばはもぞりとゆっくりスペースを空けるように動き出す。そして絡められた指が弱弱しい力でブライアンを引き始めれば流石にその意図を理解する。


「おい、
「いっしょに…、寝よ…」


 ね、と落ちる寸前の掠れた声が吐息とともに漏れる。振り払おうと思えば容易にできるはずのゆるい拘束、しかしその声にブライアンは引きずり込まれる。
 甘くなったものだと自身の変化に舌打ちしつつ、引きずられるまま横に入ればは嬉しそうに擦り寄ってきた。つながれた指が自然に解け、ぎゅっと丸まるの熱をほんの少し惜しむ。静かに聞こえ始める寝息に、ブライアンは熱を引き寄せながら目を閉じた。







 ゆっくりと目を開ければカーテンの外がうっすらと白んでいた。隣を見れば、いつのまにか腕から抜け出しブライアンに背を向けぐっすりと眠るの姿。どこか面白くない。
 ブライアンは目の前に散る髪を指に絡めた。くるくると巻いたり、軽く引っ張ってみたりと多少強めにいじるが一向に起きる気配はない。どこまで起きないのかと探るように髪で遊んでやるが、あまりにも反応が無さすぎた。

 そろそろ飽きようかという頃、気まぐれでつつ、とのうなじをなぞってやる。するとくすぐったそうにその頭が揺れた。その反応に気を良くし、邪魔な髪をはらってうなじから首筋、顎と指を滑らせているといよいよ寝返りを打った。
 んんん、と唸り、重たそうな瞼を持ち上げればうつろな瞳が不満そうにブライアンを見つめてきた。機嫌をとるように頬を数回撫でてやれば寝る前と同じように擦り寄ってくる


「ようやく起きたか」
「ん、…んー……んん…」


 よく分からないうめき声を出しながらも頬に触れる指の感触には気持ちよさそうに目を細めた。小動物の様だと顎をくすぐってやれば細められた目が一瞬開き、もう一度閉じられる。そして何を思ったのか、はブライアンの顎に唇を寄せてきた。しかも1度ではなく何度も顎に軽いキスを繰り返す。
 普段らしからぬ行動にほんの少し動揺したが、これはこれで悪くは無いと止めることなくそれを享受する。柔らかな感触を楽しみながらちらりとその表情を窺えば、どうにもぼんやりとしている。


「寝ぼけた人間がやることにしては達が悪いな」


 明らかに覚めていないその頭を優しく撫でる。唇に届くことのない、しかし決して嫌ではない。そんなキスにブライアンは気を良くするが、ふと湧きあがる疑問と感情。
もし隣が自分ではない場合でもは同じことをするのだろうか。誰にでもこのようなことをするのだろうか。
今まで考えたこともなかったような感情が浮かび広がっていく。馬鹿馬鹿しいと一蹴しても変にこびりついて消えないその感情に呆れる。

 頭を撫でる手を緩めればそれに従うようにゆっくりと頭が下がっていく。手を止めればそれまでの動きが嘘のようにことりとベッドに頭が落ちる。そして再び聞こえ始める寝息。自身のざわつく内面とは裏腹に安らかな寝顔の
それが気に食わなくて、起きたら覚えておけと心で呟いた。








「へ?今朝?私が何かした?」
「お前本当に覚えてないのか……」
「な、何!?何したの!?気になるじゃんか!」
「………さあな」


 ベッドの上で焦るに背を向けくく、と喉を鳴らす。あの後何事もなかったかの様に平然といつもの朝を迎えたは案の定何も覚えておらず、ブライアンから問いかけられる意味深な言葉に混乱する。それはささやかな復讐でもあるのだ。

結局がいくら尋ねてもブライアンは今朝の出来事を言うことは無かった。




スリープスリープ



「もう、本当に何があったの!悪いこと!?ヤバいこと!?」
「そうだな、お前が他の奴と寝なければ問題にはならないことだ」
「他?……いやいやブライアン以外に寝る人なんていないし」

 不満そうに唇を尖らせながらブツブツと呟く。
 その一言に、胸のつかえがとれたのは何故だろうか。


END