「おはよー」


 寝ぼけ眼向けてくるに何か違和感を感じた。




 全身鏡の前で欠伸をしながら櫛で髪を梳く。毛先が少し跳ね上がっている様は何時も通りだが、鏡越しに見る顔がいつもと違う気がした。


「…なんかすごい視線を感じるんですけど」
「…
「ん?」


 がいったん手を止めれば、ブライアンが近づいてくるのが鏡越しに見えた。
振り返り、きょとんとするの顎を掴み、自分が見やすいように顔を上げさせる。
 さらにと目にかかる前髪にブライアンは確信を得た。


「な、っななななに!?」
「お前、髪伸びたな」
「……はい?」
「前髪」
「あ、髪?た、確かに…、あんまり気にして無かったけど言われればそうかも…」


 空いている手で軽く前髪を引っ張る。分けてたのか、と前髪を払いの目を露わにするとそこにあるのは真っ赤な目元。
初々しいの反応を見てにやり口元を持ち上げる。


「………なによ」
「いや、別に」
「な、なら離してよ!心臓に悪い…!」


 赤い顔で睨みつけてくる。しかし威勢がいいのはその瞬間だけで、すぐに目を逸らしてしまう。
 そんな仕草に、湧きあがる。


「悪かったな」
「ったくー………っ!!?」


 一瞬、の額に落ちるブライアンの唇。離れるそれと同時に額を押さえ、口をぱくぱくと開閉させるにブライアンはくすりと笑い、そしてしれっと言ってのけた。


「切ってやる」
「……は?」
「俺が髪を切ってやるよ」


「…………いやいや、いや、…いやいやいやいやいやいや」
「少なくともお前よりは精密だ」


 座れとベッドを指差す。拒否権は無いのかとが訴えるも、切らせろと言って聞かなかった。
が諦め仕方なくベッドにつけば、ハサミをもちだしイスに正面の腰掛けるブライアン。は膝にタオルをかけ、溜息を吐いた。


「……おかしくなったら怒るからね」
「どうせ俺しか見ないだろ」
「そうだけど…」


 の髪を一束指ですくってやれば不安そうな瞳とかちあう。動くなよと一言忠告し、ブライアンはハサミを進めた。





 部屋に小さな金属音が響く。止まることなく動き続けるハサミには一つの疑問が湧いた。


「ね、一つ聞きたいんだけどさ、私どんな前髪になろうとしてるのさ?」
「さあな」
「え、それすごく怖いんですけど」
「クク…任せろ」


 機嫌良く軽快にハサミを動かすブライアンにはふと思った。戦場以外で楽しそうにするブライアンをみるのは珍しいのではないかと。
ブライアンの楽しみと言えば、何かを破壊すこと。

 そう考えると現在進行で破壊しているのは前髪ということになり。







「……え、本当に切ってもらえてるんだよね?私的な目的のためとかじゃないんだよね?」
「くどい、黙ってろ」


 少々強く言われ、しょんぼりと目を伏せる。視線を下げたの目に入るのは細かく動くハサミと逞しい腕。
冷静になってみるとは今ブライアンに髪を切ってもらっている。こんなことは初めてだ。

 そっと見上げれば真剣なブライアンの目がある。それだけのことなのに、の心臓は早まった気がした。


「……どうした?」
「な、なんでもない…」
「そうか。……目閉じてろ」


 仕上げに入り、繊細に先端を切っていくハサミ。
 もう少し続けば良いのにと、目を閉じたは密かに願った。




マイ フェイバリット シングス




「出来たぞ」
「うん、ありがと……………って、これただ短くしただけじゃんか」
「ああ」
「なんだ、なんかもっとめちゃくちゃにされると思ってたのに…」
「それが一番だろ」
「一番平凡ってこと?」
「俺の好みって話だ」


End